「鏡の視点」とは

鏡リュウジが何を感じ、何を思考しているか。気楽なものからレクチャー的要素もからめた雑文コーナー。海外のアカデミズムの世界で占星術を扱う論文などの紹介も積極的にしていく予定です。

運命の心理学? ジェイムズ・ヒルマン著『魂のコード』によせて

この度、ジェイムズ・ヒルマン著 鏡リュウジ訳『魂のコード』が新しいかたちで戻ってくることになりました。
ジェイムズ・ヒルマンは、著名なユング派の心理学者であり、「元型的心理学」の創始者としても知られ、河合隼雄、樋口和彦という日本における第一世代のユング心理学者に強い影響を与えたことから、日本のユング心理学の世界でも大きな存在感を放っています。
ヒルマンは単に心の病の「治療」を目指すばかりではなく、近代的な思考では捉えることが難しい「たましい」を再評価しようとさまざまなアプローチを重ねてきました。
しかし、その戦略はけして「たましい」を「捕まえる」(ピンダウン)しようとするものではありませんでした。たましいはギリシャ語では「プシュケ」というそうですが、このプシュケは「蝶」という意味でもあるそうです。
ひらひらと飛び、自然の景観の一部として生きている蝶。その蝶をもっと知りたいと網で捉え、標本にし、顕微鏡で観察したとき…これは「客観的」な科学の方法でしょう…皮肉なことに、それは僕たちが心を奪われたあの生きている蝶ではなくなっています。
こころ、たましいとしてのプシュケもきっと同じでしょう。
ヒルマンが試みているのは、さまざまな逸話(アネコデート)や物語(ストーリー)によって、文字通りには捉えることができない「たましい」を再度イメージさせ、味わい、想いをめぐらせようとすることなのです。
この手法は、実は占星術とも深いところでつながっています。
『魂のコード』は、ひとりひとりのたましいの個別性を尊重しようとする本です。ぜひお読みいただきたいのですが、訳者として寄せた一文をここに掲載しておきます。
ぜひ、本書への導入としていただければ幸いです。

(鏡リュウジ記)

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訳者はしがき

もし、あなたが一度でも星を見上げて懐かしいと感じることがあるのなら。
日々の生活に巻き込まれながらも、どこかで、かすかにでも、「こんなはずではない」とささやく小さな声があるとするのなら……。
『魂のコード』は、まさにあなたのための本だ。
私とは何者なのだろう、という素朴な問いにたいして、心理学は数々の理論を打ち立ててきた。しかし、心理学は科学としての立場にこだわるあまりに、本来の心理学の対象であるはずの人生からいつのまにかそれてしまった。その結果、「私とは何か」という根源的な問いが、「遺伝子とは何なのか」とか「今の私に傷(トラウマ)をつけた出来事は何か」という、的外れな問いにすり替えられてしまうのだ。
人間は、氏(うじ)と育ち、つまり遺伝子と環境(とりわけ両親)の相互作用によって組み立てられた精巧なプラモデル。私たちはそう信じ込んでいる。
しかし、本当にそうなのだろうか。一千人の教育熱心な父親がいても、たった一人のモーツァルトも生み出すことはできない。全く同じ遺伝子をもつ双子も、同じ人間には育たない。人生には、そしてあなたという人間には、これまでの心理学がとらえ切れなかった「何か」がたしかに存在している。
最もブリリアントな心理学者と称される本書の著者、ジェイムズ・ヒルマンはこの「何か」に果敢に挑戦する。そして、大胆にもその「何か」を「魂」という古めかしい言葉でつかみとろうとするのである。
ヒルマンは魂をとらえるために科学の言葉を捨てて、あえて神話のイメージを復活させる。プラトンが語った神話にあるように、もしあなたの魂が生まれる前からあなたのD N Aを選び、あなたの両親を選んでいたのだとしたら。そしてあなたのその魂が運命の働きとなり、そしてまたあなたを導く守護霊(ダイモーン)となっているのだとしたら。そんな見方をしたときに、あなたの人生はこれまでとは全く違う姿を見せはじめ、思いもかけない輝きを放ちはじめる。
巨大な樫(かし)の木がすでにたった一粒のどんぐりに内包されているように、あなたのなかには生まれながらの魂が存在するのだと本書は主張する。これがヒルマンが展開する「どんぐり理論」の中核(どんぐり)だ。
あなたの「どんぐり」、あなたの「運命」、あなたの「性格(キャラクター)」、あなたの「守護霊(ダイモーン)」。心理学の無骨な手からこぼれ落ちた、これらデリケートな目には見えない存在を、本書にちりばめられた数多くの伝記の断片はあざやかに開示する。そして、あなたがこの世にたいしてかすかに感じる違和感や、日々の問題は、ただの機械的な体の反応でも、心の傷が生み出す苦痛でもなく、かけがえのない魂の現れだということを思い出させてくれるのだ。
本書は、魂を取り戻すための、大胆で、そして霊感に満ちた心理学の書なのである。

鏡リュウジ

東京アストロロジー・スクール
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