僕のメールマガジン「プラネタリー夜話」(http://yakan-hiko.com/kagami.html)では毎回、ゲストの方にきていただいて心理学で使う「樹木画」を描いていただき、またその時間のホロスコープや出生ホロスコープとつきあわせるという試みをしている。
ホロスコープはぼくが拝見しているが、樹木画へのコメントは京都文教大学の濱野清志教授が担当。ゲストも毎回豪華で、いま配信している号にご登場いただいているのはなんとあの糸井重里さん!
ところが糸井さんが樹木画を描いてくださったときのチャートは、だいぶ占星術家泣かせなものだった。イベントやホラリーのチャートを読むときには、お約束として「こういう星の配置ならチャートを読んではいけない」というルールがある。専門用語ではリストリクション(制限)ともいうのだが、糸井さんの樹木画のときのチャートには何重にもそれがあらわれてしまった。
そのルールのなかでもみなさんに一番なじみがあるのは、「ボイド」かと思う。占星術のファン、マニアの方にはだいぶ浸透してきた占星術の専門用語だ。ボイドとは、より正確には「月のボイド」Voidである。チャート上で、月が次の星座に移動するまでの間に、ほかの天体と意味のある角度を正確に形成することがない状態のことをいう。
(この定義についてはいくつか論争もあるのだがここでは割愛)
その間は、物事が「無効」(Void)になるという。ホラリーという、占いたいと思った瞬間のチャートを使う占星術では、月がとにもかくにも重要で、月が次に形成するアスペクト(角度)が問いへの答えになると考えているのだが、月が角度をつくらないと「答えが出せない」ということになのだろう。
最近ではそれが転じて、ボイドの時間に始めたことはうまくいかない、などともいわれている(実はぼくはほとんど気にしていないのだが)。
で、僕は一瞬困ってしまった。せっかくお時間をいただいているのに、「ボイドです」なんてどういったらいいのだろう。でもまあ、それもちょっと糸井さんらしいか、と思って正直にお話ししたら、実に意外な反応。
「それってパスポートのボイドと同じ、無効、役にたたない、ってことでしょ。いやあ、なんかうれしいなあ」
さすが、と思った。そうなのだ。ぼくがぼんやりと感じていた「糸井さんらしい」というのはこういうことだったのだ。
糸井さんは、被災地にも積極的に出かけられていろいろなことをされている。その準備に震災後追われてこられたようだ。そのなかで「何ができるか」ということを深く考えてこられたように感じられる。
しかし、結局「役に立つ」ことばかりを先に考えては自由になれない。突き詰めると、今の世のなかの不自由なこと、問題になっていることの多くは目先の「役に立つ」ことばかりを人々が追及しているために起こっているのではないか。
そんなときに「ボイド」、無効であり役に立たない、空隙であるということの大切さが浮かび上がってくる。
糸井さんの創造性はまさに「無用の用」とでもいうべきところからたちあらわれてくる。ボイドというのは、まさにそんなイメージともつながっている。「ボイド」を恐れるのは、「役に立とう」とすることばかりを考えているからかもしれない。
素敵な「ボイド」を過ごすことも、今の人間には大事なことではないか。そう思う。
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